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東京地方裁判所 昭和46年(むのイ)995号 決定

申立人 情況出版株式会社 代表者代表取締役 阿由葉佳子

決  定

(申立人等氏名略)

被疑者縣和雄に対する公務執行妨害、兇器準備集合被疑事件について、東京簡易裁判所裁判官石毛平蔵が発布した捜索差押許可状により、昭和四六年六月二六日に、警視庁公安部公安第一課司法警察員猪俣勲がした捜索押収に対して申立人から準抗告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の趣意は、代理人西垣内堅佑、同仙谷由人名義の準抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  捜索の憲法違反、違法、不当をいう点について。

刑事訴訟法四三条二項によると、司法警察員のした処分で準抗告の対象になるものは、同法三九条三項の処分およびび押収もしくは押収物の還付に関する処分に限られている。したがって本件準抗告のうち、捜索のみを対象とする部分は、不適法なものというほかはない。

二  押収の憲法違反、違法、不当をいう点について。

1  所論は、まず、司法警察員猪俣勲は、捜索差押許可状によって捜索すべき場所として指定されている情況社とは別個の申立人会社を捜索し、そこから硫酸を押収しているのであるから、右捜索押収は権限の濫用であるというのである。

記録および事実取調の結果によると、本件捜索差押許可状に捜索すべき場所として表示された情況社なるものは、右許可状が発せられた昭和四六年六月二一日ころには、東京都新宿区戸塚町三の一六〇の渡辺ビル内には、存在しなかったのではないかと推認されるが、昭和四五年九、一〇月ごろには、情況社なるものが同ビル二〇三号室を占有使用し、機関紙情況の出版等の業務を行なっていたこと、右一〇月ごろに、申立人会社が右業務を引継ぎ、以来同会社がこれを占有使用していること、同会社の編集スタッフの中には、情況社のメンバーであった者が含まれていること、右二〇三号室の入口には、情況という二文字を大きくし、その後に小さい文字で出版社と記載した表札が掲げられているのみであること、同ビルには、この二〇三号室以外には情況社ないしこれに類似する表札を掲げているものがないことが認められるのである。そして、これらの事実を総合して考えると、本件捜索差押許可状に捜索すべき場所として表示された情況社というのは、同ビル二〇三号室をさすものと解するのが合理的であるといわなければならない。

そうすると、司法警察員猪俣勲が、右許可状により、申立人会社の占有使用する同ビル二〇三号室を捜索し、そここから硫酸を押収したのは適法かつ相当なものであり、所論のように権限の濫用であるということはできない。

2  所論は、申立人会社は情況派とは関係がなく、政治事務所でもないから、情況派に属する被疑者縣和雄に対する容疑について、申立人会社が捜索押収をされるいわれはないというのである。

捜索押収は、特定の場所に証拠物または押収すべき物があると思われ、かつ、捜索押収の必要があると認められれば、これをすることができるものであるところ、記録によると、当時右の要件がみたされていたものと認められるのであるから、所論のように捜索押収をされるいわれがないということはできない。

3  所論は、本件捜索押収は、申立人会社と全く関係のない被疑者に対する容疑を口実にして、公安情報の収集のみを目的にしたもので、憲法に違反するというのである。

2において述べたように、本件捜索押収は、適法要件を備えているばかりでなく、所論のように、被疑者に対する容疑を口実にして公安情報の収集のみを目的にしたものと認むべき事情は存在しないから、所論は理由がないものといわなければならない。

4 所論は、押収された硫酸は便所の洗浄用のものであるというのである。

押収された硫酸三本(いずれも五〇〇グラム入りのびんに八分目ぐらいはいったもの。)は、本件捜索差押許可状によって差し押えるべき物の一つとされている硫酸にあたるものであり、その性質、本数、発見場所などからみると、所論のように、便所の洗浄用のものとは即断できないから、所論は理由のないものである。

以上のとおりであるから、刑訴法四三二条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。

〔参考〕 準抗告申立書

申立の趣旨

一、被疑者縣和雄に対する公務執行妨害等被疑者事件につき、昭和四六年六月  日東京簡易裁判所石毛平蔵裁判官の発した捜索差押令状にもとづき、昭和四六年六月二六日警視庁公安部公安第一課司法警察員警部補猪俣勲の申立人に対してなした捜索押収はこれを取消す。

申立の理由

第一、(一~四略)

第二、司法警察員猪俣勲のなした捜索・押収は以下の諸点において違法かつ不当である。

一、情況社と情況出版株式会社は異る主体である。猪俣警部補は申立人会社との電話交信において、被疑者縣和雄が共産同情況派に属するとしたうえ、共産同情況のいわゆる政治事務所は情況社であるから申立人会社本店を捜索した旨答たえが、政治事務所としての情況社と出版会社としての情況出版株式会社の異別は明らかである。前記猪俣は捜索に出向いた際新宿区戸塚町三の一六〇渡辺ビル二〇三号室前に「情況出版株式会社」なる看板があつたのであるから、これと捜索の対象となつている情況社とは異なるということを認識し或いは、認識しうるべきであるにもかかわらず、やみくもに捜索を強行したものである。このような捜索の対象が捜索・差押令状に記載されたものと異るにかかわらずなされた捜索・押収は、捜索・押収の権限の乱用であつて許すべからざるものである。

二~四(略)

以上要するに、申立人に対してなした司法警察員猪俣勲の捜索押収は憲法違反のものであり、かつ違法・不当なものであるから、これの取消を申立てるものである。

添付書類〈略〉

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